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 ■ 考えるパン レストラン風水 パリ通信 美食の国から サンドイッチ千一夜 英雄、食を好む。
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 ”こんなイタリア”?
トロントへの挑戦!  
  考えるパン  
     
 
・・・ 目次 ・・・
 
期限切れ牛乳のすすめ
出世する食器
「予約して、喰う」ということの意味について
臨時号
追悼 李玖さんの 食卓の記憶
料理のネーミングは
誰の責任か!?
「考えるパン」発売!
 
     
好食時評
 
★臨時号
 
朝鮮・李王家のただ一人の直系である李玖氏が急逝された。
東京の某ホテルに滞在中に、心臓麻痺であった。
滞在中といっても、半ば暮らしているようなもので、おそらくはその時もお一人ではなかったかと思う。

李玖氏とは途切れ途切れではあるが長いおつきあいで、氏が生まれ育った“自宅”の思い出を聞いたのも、今や、むしろ寂しい記憶になった。
その“自宅”とは、赤坂プリンスホテル旧館のことである。
あの堂々たる洋館は、李王朝最後の王位継承者・李垠氏と李方子(まさこ)ご夫妻の新居であったのだ。それがなぜプリンスホテルになったのかは、猪瀬直樹氏の著書に詳しい。
李玖氏はそこで生まれ育った。
「皇族扱い」であった李家の食卓は、洋食であったという。
明治以後、日本の皇族の食卓はなぜか洋食が定番であったのだ。

日朝の王家の混血であった李玖氏は、そのゆえに複雑な事情に振り回された。
日本で生まれて学習院に学ぶが、軋轢に耐えきれず、若くしてアメリカに留学する。
最終的にはマサチューセッツ工科大学の建築科を卒業して、アメリカを中心にビジネスに携わった。
戦後の韓国には帰れない年月が長かったが、日本にも居場所はなく、アメリカに留学したものだ。
そんな経歴のためもあって、氏は韓国語(朝鮮語)はまったく不得手で、日本語は話すだけで読み書きは不得手、英語がまるで母国語のようになっていた。
そして、それは「食」の好みにも象徴的に表れていた。
氏の行きつけの店が都内にいくつかあったのだが、なかでもお気に入りは銀座のパスタ屋であった。
銀座東急ホテルに滞在している時は、すぐ近くのこの店に気軽に寄っていたようだ。
その頃、私もオフィスが東銀座にあって、氏に招かれてご馳走になるのは、水と粉にこだわったパスタばかりであった。
何度か食事をご一緒したが、いつもパスタと決まっていて、和食も韓国料理も一度もなかった。
パスタは、李玖氏にとっては「孤立のアイデンティティー」でもあったのかも知れない。

ご冥福をお祈りいたします。
(T)
 
 
 
 
 
 
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